2010年4月新月
* 新月情報
しかし今回の新月、「勢いがある」というより、「しぶとい」という感じがします。
うまくいくためには妥協もしながらこっそり力を発揮するという感じで、どうも、このへんが「しぶとい」というイメージになるのかなという気がします。
着実に進むために振り返って足元固めようとすると、「おっとびっくり、こんなん出ましたぁ!」という感じです。何が出るのかはわかりませんが、これからの皆さんにとって、今まで見落としていた素敵な鍵であるような気がします。
また、水星や金星といった足の速い星たちは牡牛座にいます。水星の象徴する情報や知識、金星の象徴するお金や愛は、しっかりと実感のこもる形でわたくしたちの前に現れるように思います。
つまり、太陽も月も牡羊座にあり、「始まり」の象徴となっています。
しかし、そのほかの星々は、むしろブレーキをかけるような、いえ、ブレーキをかけると見せかけて、新月の象徴する「始まり」を、重く厚く力強く肉付けしているかのような印象を持ちます。
今回、新月に願い事をされる方は、そのあたりを含んでいただきたいと思います。
ちょっとやそっとでは叶わないかもしれないけれど、叶うときの力強さは半端ではない、そんな願い事が最も適しているかもしれません。
* ビジュアライズ
牡羊座というのは、12星座の先頭に来る星座です。
そのなかでの新月。
昔の人は、この日を始まりとして、月が満ち、また欠けてなくなるまでを一ヶ月として数えました。
したがって、新月は全般的に物事の始まりを意味します。
さて、こんなときにこそ、何か願い事をかなえたいとお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回の新月は本当に強力な感じがします。
ぜひみなさま、何か願い事がおありでしたら、今日の内容を参考になさってくださいませ。
今日は、「ビジュアライズ」ということについて書いてみました。
皆さんは、作家の佐藤雅美氏をご存知でしょうか。
はい。「物書同心居眠り紋蔵」「縮尻(しくじり)鏡三郎」シリーズで有名な方です。
この方の作品は、時々テレビの時代劇なんかで放送してたりします。
実はわたくし、この方の「縮尻鏡三郎」シリーズの文庫本四冊を読み終えたところなのです。
ご存知の方もいらっしゃると思うのですが、このお話は江戸時代を舞台にしていて、登場するのは江戸の庶民や武士などです。
そこで、ちょっと面白いことを発見いたしました。
文庫本の三冊目で、このシリーズの二作目に当たる短編集の表題作「首を斬られにきたの御番所」に出てくるお話です。
このお話の中に羽鳥誠十郎という剣術の先生が出てきます。
この先生の経営する道場に江戸中を騒がせている島田虎次郎というものすごく強い道場破り(という表現が正しいかどうかはわたくしはわかりません)がやってくるのですが、この羽鳥誠十郎先生、それまでは無敵だったこの道場破りを、一撃で倒してしまうのです。
「そら誠十郎先生、よっぽど強かったんでしょう。」といえばそれまでですが、この誠十郎先生が相手を破った方法というのが、わたくしの見逃せないところなのです。
この本の中では、誠十郎先生は最初、この道場破りには勝てないと思って断ってばかりいたのですが、あるときひょんなことから、この道場破りをやっつける方法を見つけました。
見つけたときの描写を以下に引用します。
そうか。
誠十郎の頭に浮かんだ。島田虎次郎の額が真っ二つに割れる姿がだ。刀で斬るのではなく、浮かんだとおりに刀を走らせるのだ。
負けるかもしれない。いや、負けると思う心が自分をひるませていた。
刀が自然に走って、相手の額が真っ二つに割れる。勝った。
少し省略しますが、その後、誠十郎先生のところに島田虎次郎が訪ねてきて、立ち会うことになります。以下はその場面です。
双方ともに刀を抜いて構えた。誠十郎の頭には、額が真っ二つに割れている島田虎次郎の姿がある。そのとおりに刀を走らせた。島田虎次郎はずでんと仰向けに倒れた。
引用はこの二箇所にして、前後のさまざまなことは省略します。
このお話の細かいことを知りたいという方は、ぜひ「縮尻鏡三郎」シリーズをお読みくださいませ。
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さて、このお話でわたくしが注目したのは、誠十郎先生が何の作戦も立てずに、ただ虎次郎の倒れる姿だけを頭に思い描いて、そのとおりに自分が動いただけだったということです。
もう皆さんはお察しですね。
そうです。
ビジュアライズによる引き寄せです。
ちょっと無理やりすぎるでしょうか。
いえ、そうとも言えないと思います。
この結びつきは、最初の引用の後半部分が鍵を握ります。
「負けるかもしれない。いや、負けると思う心が自分をひるませていた。」
これは、否定的な考えを追い出す過程です。
失敗するかもしれないという思いを排除しているのです。
さらに注目すべきことが書かれてあります。
「刀が自然に走って、相手の額が真っ二つに割れる。勝った。」
そうです。ここでは誠十郎先生は想像しているに過ぎません。にもかかわらず「勝った」と、過去形で書かれています。
既に成功したものとして目の前にありありとイメージを描いています。
イメージを描いて望むものを引き寄せようとするために、なくてはならない方法ですね。
作者の佐藤雅美氏が、「引き寄せ」とか「願いの実現」とか、そういったことにどのようなお考えをお持ちなのか、わたくしは全く存じません。
しかし、江戸時代のさまざまな人々の生活や出来事、法律や判例にまで通じておられる佐藤氏ですから、当時の剣豪がどのような立会いをしたかという記録があれば、かなり調べておられることだろうと思われます。
剣を手に立ち会うものがどのような心理状態でいたかは想像の域を出るものではありませんが、佐藤氏は、調べられたさまざまな記録を基にできうる限りの想像力を駆使し、このような文章にされたことだろうと思うのです。
そうであれば、剣の立会いというきわめて強い集中力を必要とする事柄に、ビジュアライズの方法が用いられていたかもしれないと想像することもでき、わたくしは本当にわくわくしてしまいます。
もちろん、これは小説です。しかし、わたくしも想像力豊かな部類に属す者です。
「ひょっとしたら、本当に昔の剣豪はそうして戦ったかもしれない。そうすれば、同じ実力を持つ者同士なら、想像力のたくましいほうが強いに違いない。」
そんなふうに思ってしまうのです。
そしてまた、わたくしは皆さんに、ぜひともこの羽鳥誠十郎の方法を用いて、願いをかなえていただきたいと思うのです。
まず、「失敗」という考えを頭から追い出すこと。
次に、成功した情景をありありとイメージすること。
そして、そこへ自然に流れるように動くこと。
これだけです。
もちろん、願い事を紙に書き出すのもよい方法です。
その上で、こうしたイメージの力を使う方法もあわせてみられてはいかがでしょうか。
きっと、素晴らしい結果が待ち受けることになると思います。
わたくしは、皆さんの願いの叶った笑顔をイメージして、そしてその皆さんの瞳にわたくしの書いた文章が映っていることもイメージしたりして、今回の新月を迎えたいと思います。